焼き肉を食べてきました
(Spring8の世界食べ歩きシリーズ)
Dear師匠
川崎のあのお店で焼き肉を食べたいと(孤独のグルメのドラマ版ですね)わがままを言ったら、「あそこは今特需にあふれてるのでもっと定番に行こう」と恵比寿の高いビルの上にある焼肉屋さんに行ってきました。
どれだけ高級な店かとドキドキしましたがお父さんはかなりフランクに注文をしていました。
やってきたのは脂身のたっぷり乗ったお肉が何皿かと、何かの内蔵、わかめスープでした。後、レタスのような葉っぱがたくさん。
お父さんいわく、「内臓はしっかり焼くとして、コツがあるのはカルビだ」あの脂身の多い肉は「カルビ」というらしかったです。「まずたれを用意する。甘口と辛口があるがおすすめは辛口。これにヤンニムを混ぜる」
「はい」
「サンチュ(葉っぱのことのようでした)に豆板醤をあらかじめ塗っておいて、カルビを数枚焼く。肉汁が出かけたまだ赤身の残るところでひっくり返す」
「はい」
韓国風の箸は焼けないようにするためか金属製でちょっと苦労しました。
「裏面も肉汁が出てきたらサンチュで一気に挟む。全部ともだ」
「はい!」
慣れない箸でせっかくの肉汁がだいぶ垂れてしまいましたがサンチュがじんわりとあったかくなりました。
「サンチュにさっきのたれをつけて食べる!」
「はい!」
口の中に広がる醤油出汁と豆板醤の辛味! 脂身の乗った肉の味! なんともワイルドな食べ物です。
「美味いか?」
「美味しいです」
「そうだろう。韓国人飛行士に直々に教わった食べ方だ」
「お父さん、食べたことないの?」
「流石に無重量で焼き肉は無理だなぁ。焼き肉のレトルトはもらったよ」
「それもやっぱりサンチュにくるんで」
「ああ。美味かったなぁ」
「へえ…」
「さあ、次々。どんどん焼かないと食べられないぞ」
「う、うん」
網の隅っこでセンマイ(牛の胃だそうな)とホルモン(これは大腸らしい)を焼きながら忙しくカルビを焼いてはひっくり返しかぶりつくということを繰り返しました。
「スープがまた美味い」
サンチュを頬張ったお父さんがスプーンに手を伸ばしました。
「グルタミン酸とイノシン酸がいい倍率で入ってると、なんであってもおいしく感じる」
「なあに、それ。調味料?」
「わかめと牛肉だよ。飲んでごらん」
サンチュで食べる牛肉は美味しいけど手はベトベトになる。手を蒸しタオルで拭いてスプーンをスープに浸す。透明なスープの上に油が浮いている。そっと音を立てないようにして飲む。美味しい。
「これだけでも毎日飲みたいわ」
「毎日は難しいなぁ」とお父さん。
「内臓も食べ頃だ。味がついてるからタレに漬けなくても食べられるぞ」
「胃と大腸だったっけ?」
「牛は胃が4つあってそれぞれ味が違う。センマイはどこだったかな」
「コリコリしてる! 美味しい」
「だろう。牛は内臓も美味い」
パパは手を上げた。
「レバーとユッケ…え? ユッケ法律で出せなくなった? なんてこった。じゃ、ハチノスとミノ」
「ユッケって何?」
「生の牛肉をごま油であえて生卵を落としたものだ。めちゃくちゃうまいぞ。日本に期待できないなら韓国に行った時に食べよう」
「あ、あとマッコリ一本」
「マッコリ?」
「知りたいか? こっそり飲ませてやるよ。お母さんには内緒だぞ」
ツボに入ったマッコリはすぐ来た。グラスは2つ。お玉がついていて分けて飲むらしい。お父さんは自分分をたっぷりよそい、私の分は控え目によそってよこした。
「乾杯」
「乾杯」
言われるままでグラスを傾け、一口飲む。ミルクみたいな甘いコクのある飲み物。
「お酒だ!」
「でも、言わなければわかんないだろ」
「ああ、辛いものが食べたくなる」
「で、辛いものを食べるとマッコリが飲みたくなるという永久機関だ」
「カルビがもうない」
「よし、頼もう」
お父さんはカルビとまた良くわからない内臓を幾つか頼んだ。
「焼き肉はいい店に当たると天国だ。ここのお店は前からチェックしてたんだよ」
「あー、お父さんもゴローさん見てた?」
「見てた見てた。内臓がもう焼けるぞ。一端空にして網を取り替えてもらおう」
味噌味のついた内臓を食べ、マッコリを飲んでいる間に随分と炭化した網を新しいものに変えてもらった。
「お父さん、マッコリ」
「また飲み過ぎるぞ」
お父さんはタイでの一件をこっそり知っている。
「いいの、大丈夫。今回はたくさん食べてるから」
「はいはい。どうぞ」
「ありがとう。カルビも焼かなくちゃね」
「タレもなくなってきたな。取ってくれるか?」
「うん」
タレをさらに入れて今度はレモン汁を所望する。
「レモン汁?」
「ちょっと変わったものを食べるんだよ」
お父さんは手を上げて聞いたこと無いメニューを頼んだ。
「タン塩。ネギ載せて」
「タンってどこ?」
「英語だよTongue」
「あ、舌」
「タンはカルビよりさらに微妙な焼き加減が必要になる。じんわりと肉汁が出てきて片面が十分焼けたら、肉汁とネギを落とさないように取って、レモンにつけて食べるんだ」
「やってみる」
タンは言われなければ舌だとわからない形状に加工されていた。上には塩コショウと細身のネギが載っている。ネギを落とさないように身長に網に乗せて肉が焼けるのを待つ。じき肉汁が染み出てきて赤身を帯びていた表面がピンク色になってきた。
「今だ!」
言われるまでもなく慎重にタンの難を救ってレモンのタレの皿に載せる。肉汁が少し溢れてしまった。
「さあ、召し上がれ」
「では早速…」
私は苦労して取り上げたタンを食べた。歯ごたえがあって美味しい。今まで醤油やミソの肉を食べていたのでレモンと塩コショウはさっぱりしていて何か口の中が洗われた気がする。
「さっぱりしていいね」
「うん」
「で、さっぱりしたところでカルビをまた食べよう」
「たくさん注文したのね」
「カルビは焼き肉の王様だしね。サンチュもあるよ」
「これで包んでこその焼き肉ね」
「そうそう。わかってきたじゃないか」
たくさん肉を食べ、たくさんマッコリを飲んで(結局たくさん飲んだ)お腹いっぱいになって店を出たら11時。何時間食べてたんだろう?
川崎の名店じゃなかったけど焼き肉は十分堪能した。後でお父さんに聞いたところによると恵比寿界隈に広がるチェーン店の1軒だそうだった。
帰ってきたらお母さんに恨まれた。焼き肉だと知ってたらついていったのに、と。ごめん、お母さん。