前史
助手としてケルト族の少女を雇っている。女中ではない。あくまで助手だ。
「先生、出来ました」
「よろしい。ではアルベドからはじめよう」
「先生、よろしいですか」
ケルト族の少女は見事なまでによく出来たコランダムの結晶を見て言った。
「この結晶はすでに生きてます。暗いところに行って光を確かめてみてもらえないでしょうか」
「結晶が、生きている?」
「自己組織化され生命の相を宿しているように私には思われます」
「なんだと?」
私は慌てて部屋の木戸を全て閉めた。コランダムはぼんやりと光っている。
「先生にコランダムの実験を依頼された時からずっとこの結晶は自ら光輝きそのパターンには法則性があります」
「法則は読み取れたのか?」
「いえ、そこまでは。ただ、この見事な形態の変化は思考にひどく近いように思えます」
「うーむ」
私は波打つように光が漏れるコランダムを見つめて聞いた。
「君より前に実験の助手をしたものはたくさんいる。彼らにはなぜわからなかったのだ?」
「この現象が起こらなかったからだと思います。私もはじめはここまでのパターンを起こすことはできませんでした。今なら、念を込めれば3回に1回は起こすことができます」
「わかった。ありがとう。今日はもういい」
「分かりました、先生」
今まで雇ってきた助手の顔を思い浮かべる。優秀なものが多かった。ペストを逃れてリンカンシャーの実家に戻ってきてから様々な助手を使って同じ実験をしてきたがここまで見事なパターンを作ることができたのは彼女が初めてだ。違いは「ケルト族の女性」というところだけ。
明日には彼女は一旦暇を出してまたケルト族の女性を雇ってみよう。
次のケルト人は真面目とは言いがたい勤務態度だった。しかし、彼女もコランダムうに幾何学模様を光らせることに成功していた。私には同じ実験をしても何も起こらない。
ケルト人の持つ血が何かを起こしているのは確かだった。私は最初の助手も呼び戻し二人で実験を行うよう指示した。ケルト人には妖精が見えるという。イングランドに古くから済む私にはケルト人の血はない。これが血のなせる技かと私は興奮した。
そして、コランダムの結晶から「イリサイト」を作ることに完成したのだ。安定したパターン、意志を感じるその形に私は興奮した。
しかし、わたしにはこのパターンを読み取る力はなかった。アイザックはイリサイトの前に完敗したのである。
ボルタの電帯を使って読み取ることに気づいたのは100年の時を得る必要がある。だが、イリサイトを意思としてみていたアイザックの先見性は圧倒的に優れていた。後世の錬金術士はアイザックの先進性に感嘆したものである。