カレーラーメンの話
「師匠、師匠!」
「どうしたね、Spring8」
「ホテルの隣のコンビニで凄い物見つけちゃいました」
「ほう」
「カレーラーメンです! ソールフードであるカレーとラーメンが合体してひとつの商品に!」
「食べたか?」
「もちろん! ホテルの人にお湯をもらって食べました」
「美味しかったか?」
「もちろん!」
「じゃ、パッケージはまだ手元にあるな?」
「はい、捨てずにとってあります」
「よくパッケージを見てみるといい」
「ああっ、これも日清食品だっ!」
「宇宙食のラーメンと同じだな」
「恐るべし日清食品。宇宙食のみならず日本人の心を鷲掴みにするとは」
「カレーラーメンは宇宙食にもあったはずなんだけどな。Spring8には当たらなかったか」
「残念ながら食べてません…」
「まぁ、カレーは宇宙では人気メニューだったし」
「カレーライスも宇宙食にあったんですか?」
「実はあった。競争率高いんですぐに売り切れちゃったけどな」
「そうだったんですか…12年も宇宙にいたのに知らないことだらけです」
「ま、そうしょげるな、小さな親善大使。12年分の美食をこの先一気にできると思えば未来は明るいぞ。次はどこに行くんだ?」
「韓国に寄ってから大陸の東海岸をインドまであちこち巡りながらの船旅です」
「韓国は宮廷料理はいまいちだが、庶民が食べる焼肉やキムチは絶品だぞ。大陸の東海岸沿いはどこに行っても外れはない」
「やっぱりアジアなんですね。晩餐会を抜けだしていけるかな?」
「何も夜いかなくてもいいだろう。Spring8は育ち盛りだから一日4食でも5食でも食べられるし」
「昼は昼で親善大使としての仕事がありますよ。東京での食べ歩きは無理言って予定をいくつか外させてもらったものだし」
「骨休めは必要さ。また無理言って抜けだすといい。君に逆らえる要人なんかそういないんだから」
「各地で入ってる『観光』の予定が全部『食べあるき』にならないかなー」
「それは難しいな。君が晩餐とかで食べているメニューは必ず『毒見』が含まれているはずだから、本来食べ歩くのもまずいといえばまずいんだけど。日本は例外的に衛生条件が良かったから何も言われなかっただけで」
「毒見かぁ。みんな連れて回っちゃダメだよね」
「だから、折を見てこっそり抜けだすくらいで」
「大陸の東海岸沿い――東南アジアっていうんだったっけ? どこが美味しい?」
「香港、台湾もいいな。ベトナムとタイも捨てがたい。ナンプラーが旨いんだ」
「ナンプラー?」
「魚を発酵させて作る調味料だ。はじめは匂いが気になるかもしれないが、Spring8ならすぐにその味の虜になるだろう」
「どんな味?」
「魚の美味しいところだけを取り出して塩を混ぜたような味だ」
「何その表現。食べてないのにつばが出て止まらない」
「日本は何にでも醤油(ソイソース)をかけるが、それが魚になったようなものだと思えば結構近い」
「醤油って何からできてるの?」
「その名のとおり、ソイだ」
「ソイって何?」
「そうか、君が食材を知ってるわけないんだったな。ソイは豆の一種だ。納豆は食べたかい?」
「朝食に出てきてびっくりした」
「どうしてびっくりした?」
「だって、かき混ぜると糸を引くんだもの。腐ったもの食べちゃうのかと思った」
「あれは、ああいう食事なんだよ。その口ぶりからすると父さんたちは残してたね」
「食べ方を教わって私は食べたわよ。ご飯に乗せて食べるのね」
「納豆の原料がソイだ」
「うーん?」
「ミソ・スープは飲んだかい?」
「もちろん、どこのホテルでも朝食は和食だったから」
「君は恵まれてるね。せっかく日本に来たのにフレンチやイタリアンばかりを食べさせられなくて」
「晩餐はフレンチやイタリアンが多かったけど。恵比寿の一風堂のラーメンをリクエストしたらたいそう困ってたっけ」
「一風堂までリサーチしたのか! それも恵比寿店! 大したアンテナだ。今度連れて行ってやるよ」
「今日の夕方発の船だから今から行くのは難しいかも」
「そうか…話を戻そう。ミソ・スープの材料もソイだ。納豆もソイが原料だ。ミソ・スープの具によく使われる豆腐もソイ。日本食はソイだらけってことになるな」
「ソイ・ソースの代わりがナンプラー?」
「そう思ってもらって問題ない」
「日本食にはナンプラーはないの?」
「しょっつるという調味料はあるけどあまりメジャーじゃないな」
「でも、美味しいんでしょ」
「もちろん」
「パパに頼んで各地ではナンプラーだらけの料理にしてもらおうかな」
「お父さんたちがナンプラーを食べられるといいんだけど」
「どうして? 美味しいんでしょ?」
「匂いが独特なんだ。食べられない人は一口も食べられない。納豆が平気だったSpring8は多分大丈夫」
「ふうん」
「あと、新しい街に着いたらまずコンビニに行ってラーメンの棚を見ると楽しいぞ」
「なんで?」
「それは見てのお楽しみ」
「うーん? 判った! 日清食品のカップヌードルが全世界で売ってるんだ」
「アンテナ広すぎだよ。ちなみに場所によってちょっとずつレシピが違うらしいからそれを楽しみにしてもいいかも」
「カレーラーメン、あるかなぁ」
「あるといいな」